アダルトビデオは今や完全に市民権を得てしまった。アダルトビデオの台頭は家庭用ビデオデッキの普及を促進したとも言われるほどである。その立役者は、この本で描かれている村西とおるであろう。彼は、裏本業で一山当てたが、猥褻図画販売容疑で捕まってしまった。非合法な裏本によって図書販売ルートを築いた彼が表の出版物をそのルートで扱おうとして落ちた。彼は今度はビデオで復活を果たそうとした。アダルトビデオ創世記は裏本で当てた人物がこぞって参入してきていた。村西とおるは、撮影の知識は一切ないが、何から何まで一切をこなしてゆき遂にアダルトビデオの帝王と呼ばれ、一般誌までが連日取材に訪れる存在にまで伸し上がってゆく。丁度それはバブルの時代でもあった。胡散臭さと社会的な蔑視の中で欲望を満たす一大産業が生み出されていった。この本は、一つの時代が形成されてゆくときの猥雑な熱気が伝えられる好著である。著者は立花隆と竹中労に憧れてライターになった人でマルクス主義の作品を執筆しているときに村西とおるに誘われアダルトビデオ業界に足を踏み入れた。村西氏との再会から最後の日までを回想風に話を進めている。醒めた筆致がとても良い。サブカルチャーの世界に興味がある方にはお勧め。
2008年2月16日土曜日
早稲田 大学
確かに大学を取り巻く環境が大いに変わり、大学改革が急速に進んでいることはわかるが、早稲田の取り組みも他の大学の例と似たりよったりではないか。決して早稲田だけのものではない。しかもグローバルな観点から考えてもIT活用は除き海外の大学では相当昔から普通に行われているものであり、やっとそれに追いついて着ただけで、本当の成果がでるまでには相当時間がかかると思う。別に否定的に捉えているわけではなく、現在の大学改革の方向性の一例としては非常に参考になると思う。
本書を読んで、先進国においては民の創造性こそが教育を進歩させると実感できた。慶応に負けているように感じていた最近の早稲田だが、英会話教育においてまでも独創的試みが進行していることを知り、OBの一人として心強く感じた。とにかく、知的活動や学問の楽しさを、おかしなエリート意識でなく、むしろ庶民感覚と共に身につけた人間こそ、創造的な改革者として日本を世界から改めて注目される存在に出来るだろう。
パラパラと立ち読みしましたが、P165 大学院一覧に「社会科学研究科」が抜けています。総長、忘れてますか?在校生としては少々悲しくなる一ページです。専門職には設置されていない大学院も載っているし、理工学部も再編後の研究科になっているし…。??ですね。
70年代に早稲田に学んだ者として、この本に描かれた現在の早稲田の変化に驚くとともに、さすが早稲田であるとの思いをもった。この本が総長の執筆であることを割引いても、早稲田が教育や学生に熱い思いをもち、「現世を忘れぬ久遠の理想」にむかって前進していることを誇りに思う。学生時代に教授から「実用英語は教えないよ」といわれて愕然とした時代と国際教養学部をつくり、少人数で英語教育を実践しているという今の早稲田では、時代が違うといえばそのとおりである。しかし著者がいう「語学やコンピュータだけでなく、その上にある教養」や多くの専門職大学院の創設は、人を育ててきた早稲田伝統の現代的継承であり、底力をしめしている。「社会が必ずしも順調に流れていない時に、国民(庶民)が早稲田的なるものに期待する」というところは、早稲田の真骨頂を言い得ている。官制でない自由な風土が早稲田の強さだ。「早稲田がいかに人を育てるか」というタイトルは、さまざまにまたユニークな人を育ててきた実績ある大学だから嫌味なく聞こえるものだろう。